テニスクラブのContrast 〜対比はこっから始まる。〜

"comparison"と"contrast"
同じ「対比」と訳すことの出来るこの2つの英単語には以下のニュアンスの違いがある。

comparison: 類似
contrast : 相違

この物語は正に後者の"contrast"の具現化したものであろう。



さて、ここ東京にあるプリンステニスクラブに新入会員がやってきた。

1人はさん、もう1人はさんという。
2人は18歳で、同じ学校の親友同士だ。

さんは明るく元気、声が大きくてやかましいので
勝気に思われるが実は気弱で繊細な人だった。
さんはあまり感情表現が得手でなく物静かだが
さんよりキレ易く、言う時は言う人だった。

こんなに対照的な御2人さんは最近、テニスに
興味を持つという劇的な覚醒をした。
何故に覚醒したのかは省略するが、ともかく覚醒した2人は
近所にあるテニスクラブに 行ってみようと決めたんである。

で、クラブの見学や体験講習受講なんぞをした後、
ここはなかなか良さそうだと思った彼女らは あっさりと入会手続きを踏んだ。

「来週からレッスン開始かー、どんな感じになるんやろ。」

帰り道、大きな声で言うのはさん。

「…コーチはどんな人かな。」

やや控えめな声で言うのはさん。

「えぇ人やったらえぇなぁ。」

さんが言えばさんも頷いたり。

ともあれ対照的な御2人さんは日が沈む帰り道をテクテク歩く。
来週から始まるとんだ"contrast"のことなぞ、思いもよらずに。



一週間後、さんとさんは2人してプリンステニスクラブを訪れた。
受付で顔写真入の金色の会員証を提示してそれぞれ自分のコートに向かう。

「ほな、私あっちやから。」
「うん、じゃあ後で。」

2人は手をふって別れる。
さて、これからどーなるやら…


さんの場合』

親友のさんと別れたさんは会員証に記された
自分の担当コーチの名なんぞを眺めながら 指定されたコートに向かっていた。

「えーと、メインコーチは跡部景吾、サブコーチA忍足侑士、サブコーチB乾貞治…か。」

ブツブツ言いながら歩くさんは少々怪しいかもしんない。

「どんな人らなんやろ、なんや名前が仰々しい感じすんねんけど…」

この一瞬、さんの脳裏に大丈夫やろか、という言葉が掠めた。
しかし、人類たるものいちいち不安がっていてはいけない。
さんはプルプルと首を振って辿り着いたコートの出入り口を押し開けた。

「こんにちわ。」
「アーン?」

コートに入った瞬間、さんを迎えたのは思わず
背中に冷たいものが走るような素晴らしい音だった。

耳を疑いながらそっと目を上げるとそこには不敵な笑みと
泣き黒子が妙に印象的な兄ちゃんがいた。

「何だ、お前は?」

その兄ちゃんが言う。

お前こそ何やねん、偉そうに。

さんはそう口にしてしまいそうになるのを大慌てで堪えねばならなかった。


さんの場合』

さんもさんと別れた後、会員証のコーチ名を眺めながら
トテトテと指定されたコートに向かっていた。

(メインコーチ千石清純、サブコーチA神尾アキラ、サブコーチB鳳長太郎…)

何だか時代劇に出てきそうな名前の人がいる気がするのは
さんの気のせいだろうか。

今頃も自分と同じことを思っていることだろうと思いながらさんは歩く。
そーしているうちに目的のコートに辿り着いた。

そんでコートの出入り口を開けようとして、さんはハタと動きを止めた。
…何やら話し声が聞こえる。

「ねぇねぇ今日は新しい子が来るんだよねー。
どんな子かなー、可愛い女の子だと大歓迎なんだけど☆」
「まーた始まった…」
「いい加減にしてくださいよ、千石さん。」

千石…?

さんの頭を嫌な予感がよぎった。
まさか、と思いつつ手の中の会員証を確かめる。

…………………。

「あれ、君どーしたの?」
「!!!!」

しばらく会員証を見つめて固まっていたさんは
突然声をかけられて飛び上がるよーな思いをした。

目の前に、茶色…どころかオレンジ色の髪の青年が
さんの顔を覗き込んでいた。


さて、このよーに初っ端からえらく対照的なさんとさん。
これからどーなるのやら…。



さんの場合』

「何だ、お前は?」

泣き黒子の兄ちゃんにいきなしこう言われたさんはひどく動揺した。

その端正な顔を見て動揺したんではない。

生憎、という少女は一般的な美形の概念を
いまひとつ理解することの出来ない特殊な感覚の持ち主である。
彼女の脳味噌における人の評価基準は外見(そとみ)よりもまず中身なのだ。

故にさんが動揺したのは相手の失敬な物言いによるものだった。
気弱で繊細な彼女にとって上から押し付けるように
失敬な物言いをされることほど神経に障る事はない。

「あ、あのっ…」

さんはそれはもー気の毒なくらい内面で1人パニックを起こした。

「私、って言います。今日からお世話に…」
「なるほどな、」

向こうさんはさんに皆まで言わせず納得した。

「じゃあお前が今度から俺様の担当する生徒ってわけだ。」

俺…様…???

さんはまた耳を疑わねばならなかった。
自分の聞き間違いだろうか。

「俺様は跡部景吾、お前のメインコーチだ。」
「………よろしくお願いします。」
っつったな。」
「はあ。」

さんはこの跡部コーチとやらの次の言葉に身構えた。
そんなことをご存じない跡部景吾氏はひどくご満悦気味にこう言った。

「幸運だと思えよ、この俺様がみっちり叩き込んでやるんだからな。」

さんの頭には以下の文字列が表示されていた。

(一人称が『俺様』、しかも自信満々の態度、この人…。)

そして少女の頭に表示されたのは『ナルシスト』という言葉だった。

「あー、そうだ。」

少女に何を思われているのかも知らず、跡部コーチはまだ喋っていた。

「ついでにお前担当のサブコーチを紹介してやるよ。」

それから彼は芝居がかった動作ですっと指をさす。
その仕草に見ほれるどころか背中にゾワゾワを感じながら
さんは指差された方向に目を向ける。

その先には黒い長髪に丸眼鏡の兄ちゃん、それからドリアンみたいな
ギザギザの頭をした四角逆光眼鏡の兄ちゃんが待機していた。

「忍足と乾だ。」
「忍足侑士や、よろしく。」
「乾貞治だ、よろしく、さん。」

丸眼鏡と四角眼鏡それぞれに挨拶されてさんも慌ててペコリ。

「言っておくがな、。」

跡部コーチが言った。

「俺様の指導を受けるからにはそれなりの覚悟をしとけよ。」

(ハイ…???)

さんの目は点になった。

「いいか、俺様は甘くねーぞ。」

さんは思った。

厄介な人種にとっ捕まってもうた、と。

せめてサブコーチのお二方がマシな人であることを祈ろう…。


さんの場合』

さんが難儀している頃、さんはさんなりに難儀していた。

「そっかー、君が新しい生徒さんなんだね。」

件のオレンジ髪のお兄さんは何が嬉しいのかニマニマしながら言った。

(何よ、この人。)

さんは思った。

(メッチャ馴れ馴れしい。)

「俺は千石清純、君のメインコーチなんだ、よろしくv」

何やらテンション高めのコーチに対し、さんの態度は冷静だ。

「よろしくお願いします。」

きっぱりはっきり、不要な言葉はナッシング。

「いやーそれにしても君可愛いねー。」

ずずずいっと千石コーチはさんに近寄った。
そのままさんが一体何なのか、と思う間もなく…

「仲良くしてこーね、ちゃんvvv」

いきなし手を握ってきた。しかも、既に名前呼びだ。

(なっ、何よ、この人ーーーーーーー?!?!?!)

「ちょっと千石さんっ、何やってんですか!!」

声と共に動揺するさんの目の前から千石コーチが引き剥がされた。
見ればさんよりかなり背の高い青年が千石コーチを羽交い絞めにしている。

「御免ね、びっくりしたでしょ?この人可愛い子見るとすぐこれで…
あ、俺は君のサブコーチの鳳長太郎、よろしくね。」

さんは短くよろしく、と答えた。
すると今度は背後から

「やれやれ、またかよ…」

ブツブツと別の声がする。今度は前髪で片目が隠れてる青年だった。

「ったく、千石さんにも困ったもんだぜ。おっと、俺もお前のサブコーチだ。
神尾アキラだ、よろしくな!」

さんは一応さっきと同じように答えたが内心、どーよこのメンツ、と思っていた。

サブコーチはまあそれなりに良さそうだが…メインがひどく問題だ。

(大体初対面の人捕まえて何が「可愛い」よ、よく言うわ。)

さんは美人の部類に入る顔の持ち主なのだが、
過去にいじめっ子にブス呼ばわりされたことがあって
悲しいかな本人にはその自覚がない。

「ねー、鳳君、放してくんないかなー?」
「ダメですよ、千石さんを今放したら何するかわかんないんですから!」
「そんなー、人を肉食獣みたいに言わないでよ、ひどいなぁ〜。」
「ダメったらダメです。」
「ねー神尾くんからも何か言ってよー。」
「…俺に振らないでください、頼みますから。」
「え〜っ?!」

目の前で展開されているお笑い劇場を横目で見ながら
さんは指先でトントンと腕を軽く叩いた。

何よ、このメインコーチ。
こんなのにこれから付き合わされるわけ?

さんはいきなりうんざりする羽目になった。



一方は自己陶酔型で手厳しそうなメインコーチ、
もう一方は妙に人懐っこい可愛い子好きの軽そうな人。

さんとさんのとんでもない対比はここからが本番だ。

To be continued.



作者の後書き(戯言とも言う)

とーとーやらかしてしまいました。ファンブック20.5の付録ネタ。
プリンステニスクラブであります。

思えば年賀状仕分けのバイトの帰りに友人と
この付録について話していたのがそもそもの始まりでした。

私がファンブックの手順どおりにコーチを決めたら
「跡部・忍足・乾」になり、友人が「千石・神尾・鳳」となったという話から
きっとコーチとしての跡部はこんな感じで、千石はこんな感じで、
年齢は原作の設定をそのまま使うわけには行かないから
25、6歳くらいということにしておいて…などなど何回か話している内に
細かい設定や小ネタがどんどん出来てきて…。

そして今、それを形にした第1弾が出来た訳であります!!

撃鉄とその友人による妄想の塊連載、是非ともお付き合いくださいませ☆


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